2005 神奈川県立逗子高等高校 生物学特別講義 実物に触れる生物学2005 「細胞・組織・発生・遺伝・分類 とDNA」 |
第1回分類 第2回ウニの発生 第3回メダカの遺伝 第4回培養細胞
日時: 7月29日(金)9:00〜13:00 8月1日(月)・2日(火)13:00〜17:00
場所: 県立逗子高等学校 生物実験室
講師: 東京大学大学院 理学系研究科 講師 成瀬 清先生、技術官 島田 敦子先生
内容: 1日目:メダカの人工受精の方法や雌雄の見分け方などメダカに関する講義を受け、体色に関する劣勢突然変異体のメダカ(赤メダカ)と野生型メダカ(黒メダカ)の人工受精を行いました。あらかじめ準備したF1どうしの人工受精も行いました。
2日目: 1日目に人工受精させた胚を顕微鏡で観察し、F1個体がすべて野生型になること確かめ、優性の法則が成立することを確認できました。F2については二組の対立形質について調べ、その表現型が 黒:黒ブチ:赤:赤ブチ=9:3:3:1に分離することを確かめ、分離の法則、独立の法則を確認できました。
さらに、遺伝子型を調べるために、F2個体からDNAの抽出をおこない、遺伝子の増幅(PCR)を行いました。
3日目: 2日目PCRを行ったDNAの電気泳動を行い、解析をしました。体色遺伝子座と連鎖しているDNAマーカーを調べました。体色遺伝子と、体色遺伝子の近くにに存在するDNAマーカーとの間には組み換えは起こらないことを確認し(表現型と遺伝子型が矛盾しない)遺伝子型を推定しました。体色遺伝しから離れたDNAマーカーでは一部遺伝子型と表現型が矛盾し、異なる遺伝子型が推定される(体色遺伝子座との間で組み換えがおこる)ことを確認しました。実際には体色遺伝の近くのDNAマーカーの結果がはっきりしなかったので正確に遺伝子型を推定することは出来ませんでした。
メ ダ カ の 交 配 実 験 の ま と め
表現型DNA解析の結果、実験の解説をまとめました。
F1の表現型を調べました。
黒色色素胞があるものを黒、確認できないものを赤としました。
双眼実体顕微鏡で観察しました。
赤メダカと赤メダカを人工受精したものはすべて赤メダカになりました。
赤メダカと黒メダカを人工受精したものはすべて黒メダカになりました。
優性の法則について考えます
純系どうしを交配したときにF1にあらわれる形質を優性形質と呼びます。
この実験の結果から「黒」が優性形質「赤」が劣性形質であることがわかりました。
「黒」遺伝子はB、「赤」遺伝子はbで示すことにします。
F2の表現型を調べました。
各班でF1どうしを人工受精させたF2胚の表現型のカウントを行いました。1班と2班は赤と赤、黒と赤の人工受精を行いF1どうしの人工受精を行っていないので、他の班からF2の胚をもらって、F2胚を調べました。全部で53個体のF2胚を調べることができました。各班の結果を表にして、合計を求めました。
今回使ったF1はHNIと呼ばれる黒メダカの系統とT5と呼ばれる赤メダカの系統をかけ合わせたF1です。T5は5つの劣性形質をホモで持っています。今回は体色が黒になるかならないかを決めている対立形質Bとb以外に、体色がブチにならない遺伝子Iとブチになる遺伝子iの対立形質についても調べました。
表現型の確認のしかた。
黒・ブチでない [BI]
黒色色素胞が体と卵黄のうに確認できる。
眼の部分は一様に黒い
黒・ブチ [Bi]
黒色色素胞が体に確認できる。卵黄のうには確 認できない。
眼の部分の黒い色素がまだら(ブチ)になっている
赤・ブチでない [bI]
体にも卵黄のうにも黒色色素胞が確認できない。
眼の部分は一様に黒い。
赤・ブチ [bi]
体にも卵黄のうにも黒色色素胞は確認できない。
眼の部分の黒い色素がまだら(ブチ)になっている。
間違いをなくすために、胚を一つずつマルチプレ−トに入れ実体顕微鏡の透過照明で観察をしました。白色色素胞が透過照明では黒っぽく見えることがあるので、はっきりしない場合は落射照明で確認をしました。
マルチプレ−トと同じ配置の表に結果を記録し、最後に島田先生に確認をしてもらいました。
結果を集計し表にまとめました。
F2の表現型
班 黒/ブチでない 黒/ブチ 赤/ブチでない 赤/ブチ 計
1 5 2 2 0 9
2 3 2 2 2 9
3 3 3 0 2 8
4 5 3 1 0 9
5 5 1 1 2 9
6 5 3 0 1 9
計 26 14 6 7 53
この結果をどのように解釈することができるでしょうか。
二遺伝子雑種として考えます
「黒」か「赤」と「ブチでない」と「ブチ」を同時に考え次の四種の表現型を考えます。
[BI]黒・ブチでない : [Bi]黒・ブチ : [bI]赤・ブチでない : [bi]赤・ブチ =
26 : 14 : 6 : 7
となりました。
理論値 9/16 : 3/16 : 3/16 : 1/16 から期待値を計算すると
計算)26+6+14+7=53 53×(9/16)=30 53×(3/9)=10 53×(1/9)=3
30 : 10 : 10 : 3となります。
26 : 14 : 6 : 7からは少し離れています。
一遺伝子雑種として考えます
「赤」か「黒」のみ、あるいは「ブチ」か「ブチでない」のどちらかのみを考えます。
「黒」と「赤」だけについて見てみます。
黒 = 黒・ブチでない+黒・ブチ なので 26+14=40
赤 = 赤・ブチでない+赤・ブチ なので 6+7=13
よって 黒 : 赤= 40 : 13
理論値は3/4 : 1/4なので期待値を求めると40 : 13でぴったりとなります。
計算)53×(3/4)=40 53×(1/4)=13
「ブチでない」と「ブチ」についてのみ考えます。
ブチでない=黒・ブチでない+赤・ブチでない なので 26+6=32
ブチ=黒・ブチ+赤・ブチ なので 14+7=21
よって ブチでない:ブチ= 32 : 21
理論値は3/4 : 1/4なので 期待値は40 : 13です。 少し離れています。
分離の法則について考えます
分離の法則とは「配偶子を作るときに対立遺伝子は必ず別々の配偶子にはいる」ということです。
詳細は省略しますが、F2(ヘテロどうしをかけ合わせたもの)の優性形質:劣性形質の分離比が3:1になるはずです。
独立の法則について考えます
「異なった対立遺伝子は互いに影響されることがない」これが独立の法則です。「黒」と「赤」、「ブチでない」と「ブチ」ともに3/4 : 1/4になれば、互いに影響を与えていないと見ることができます。
今回の結果では「黒」と「赤」についてはかなり近い値がでましたが、「ブチでない」と「ブチ」については少し離れた値がでました。
このずれをどのように評価するのかについては、統計的な処理が必要になります。
サンプルの数について
もう一度表現型の表を見てみましょう。
F2の表現型
班 黒/ブチでない 黒/ブチ 赤/ブチでない 赤/ブチ 計
1 5 2 2 0 9
2 3 2 2 2 9
3 3 3 0 2 8
4 5 3 1 0 9
5 5 1 1 2 9
6 5 3 0 1 9
計 26 14 6 7 53
期待値にぴったり合う数が得られた「黒」と「赤」についても、班ごとに見ていくと、2班では「黒」5、「赤」4でかなり赤が多く。6班では「黒」8、「赤」1で黒が多すぎます。このように班によってかなりのばらつきがあることがわかります。
つまり、調べた数が少なければ偶然によってはずれた値がでる確率が高くなるので、少ない数を調べただけでははっきりしたことはいえないということです。
したがって、結果は確率的に評価をする必要が生じます。
今回、講師の先生がバックアップ用に準備をしておいてくれた胚を加えてカウントしてみました。追加が加えた分です。
加える前よりも期待値に近い値になっていることがわかると思います。(自分で計算してみてください)
F2の表現型
班 黒/ブチでない 黒/ブチ 赤/ブチでない 赤/ブチ 計
1 5 2 2 0 9
2 3 2 2 2 9
3 3 3 0 2 8
4 5 3 1 0 9
5 5 1 1 2 9
6 5 3 0 1 9
追加 72 22 20 6 120
計 98 36 26 13 173
DNAの抽出
各班8個体程度のF2胚からDNAの抽出を行いました。
対照実験としてF1の胚とPの赤メダカT5と黒メダカHNIのDNAの抽出も行う予定だったのですが、忘れてしまったので、これらのDNAは講師の先生に準備をしてもらいました。
番号を書いたマイクロチュ−ブにDNA抽出液(DNAエクストラクション溶液)を
100μl入れました。
F2のメダカ胚をマイクロチュ−ブに入れペッスル(すりこぎみたいな棒です)でつぶしDNAを溶出させました。
さらにブロックヒーターで加熱し、遠心をしました。この操作で不純物の多くが沈澱し取り除かれると考えられます。上ずみを新しいチュ−ブに移しました。この溶液に胚のDNAが含まれています。
PCR(ポリメラ−ゼ連鎖反応)による遺伝子増幅
DNA解析を行うためには全く同じ塩基配列を持つDNAが大量に必要です。抽出したDNAの必要な部分を含む断片を切り出し、その部分だけを増やさなくてはなりません。
以前は必要なDNAの断片を遺伝子組み換えの技術を用いて大腸菌に組み込み、組み込んだ大腸菌を増殖させ、大腸菌から再びDNAを取り出すという大変手間のかかることを行っていました。
しかし、今では大腸菌が行っているDNAの複製を作る反応を試験管の中で行うPCRと呼ばれる方法が広く使われています。PCRでは理論的には数時間で1分子のDNAを230分子にふやすことができます。
今回の実習では抽出したDNAの中の遺伝子Bbの周辺のDNAをふやしました。抽出したDNAを含む溶液を4μlをPCRプレ−トに入れ、さらにPCRミックスと呼ばれる反応液を入れサ−マルサイクラ−にセットしました。後はサ−マルサイクラ−が自動的に必要な部分のDNA断片のコピ−を作ってくれます。
PCRの原理についてはあとで説明をします。
DNA解析(制限酵素処理)
F2の胚それぞれについて、体色が「赤」か「黒」かを決めている遺伝子Bとbのどちらをあるいは両方を持っているのかをDNA解析の技術を使って調べました。
黒遺伝子Bのすぐ近くにあるDNAマ−カ−には−GATC−という塩基配列があります。
しかし、赤遺伝子bのDNAマ−カ−では同じ部分が−GAAC−となっています。
この違いを検出するために、PCRで増やしたDNAサンプルをMboTと呼ばれる制限酵素で処理をしました。
制限酵素MboTは−GATC−と言う塩基配列を認識しAとTの間を切断する働きがあります。
そのために、Bに連鎖しているDNAマ−カ−のGA|TCの部分は切断しますが、bに連鎖しているDNAマ−カ−のGAACの部分を切断することはできません。
したがって、制限酵素MboTでDNAが切断されればBを持ち、切断されなければbを持つということがわかります。
制限酵素溶液をPCRを行ったサンプルに10μl加え、30分間37℃の恒温器に入れました。これで制限酵素が働きます。
ではDNAが切断されたかどうかをどのようにして知ればよいのでしょうか。
DNA解析(ポリアクリルアミドゲル電気泳動)
DNAは水に溶けると−の電荷を持ちます(マイナスイオンになっていると思えばよいでしょう)その電荷の大きさは塩基配列が異なっていても一定です。
そこで、DNAのサンプルをポリアクリルアミドゲル(寒天みたいなものです)に入れ、電圧をかけ+極に向かって引き寄せます。ポリアクリルアミドゲルは目に見えない網の目のような構造をしているので、DNAのサンプルはその網の目に引っかかりながら+極に向かって移動します。
大きい(長い)DNA断片ほどゲルに引っかかりやすいので、ゆっくり移動します。
そのために、遠くまで移動したDNA断片ほど短い事がわかります。
実際には二枚のガラス板の間に0.5mm程度のポリアクリルアミドゲルをはさんだものを垂直に立て、上部と下部の別々の水槽に電解液を入れました。上部に作った溝(ウエル)にサンプルを入れ上部を−下部を+になるように電圧をかけました。
最大300Vの電圧がかかるので手を触れないように注意をしました。
30分ぐらいで電気泳動が終わりました。
DNA解析(DNAの染色)
DNAは眼に見えないため、そのままでは結果がわかりません。DNAを染色し可視可しなくてはなりません。
電気泳動が終わったゲルをガラス板からはずし、サイバ−ゴ−ルドDNA染色液で10分間染色をしました。
サイバ−ゴ−ルドは青い光を当てるとオレンジ色の蛍光を発します。染色が終わったゲルを専用の光源の上に載せ下から青い光を当てました。ゲルの上に青い光をカットするフィルタ−を載せで見るとDNAがオレンジ色に光っているのがわかりました。
デジカメで撮影をして記録しました。
結果の解析
ゲルの一番左側のレ−ンにはDNAサイズマ−カ−を入れました。
下から100,200,300,400,500bp・・・のサイズのDNA断片が入っています。これを物差しにしてサンプルのDNAのサイズを推定することが出来ます。
bp ベ−スペア 一塩基対 DNAのサイズを示す単位。
2番目のレ−ンには赤メダカT5のDNAサンプル。
3番目のレ−ンには黒メダカHNIのDNAサンプル。
4番目のレ−ンにはT5とHNIのF1のDNAサンプル。
5番目からあとのレ−ンにはF2のDNAサンプルを入れました。
バンドが上に一本だけで2番目のレ−ンと同じであれば、遺伝子bだけを持っていると考えられます。遺伝子型bbと判断できます。
バンドが下側に二本、つまり3番目のレ−ンと同じであれば、遺伝子Bだけを持っていると考えられます。遺伝子型BBと判断できます。
バンドが三本、つまり4番目のレ−ンと同じであれば遺伝子B(下の二本のバンド)と遺伝子b(上の一本のバンド)の両方を持つと考えられます。遺伝子型Bbと判断できます。
*理由はわかりませんが対照としたT5、HNIとF1のバンドが確認できませんでしたが、他はだいたいわかりました。
(結果の記録を参照)
バンドが見られずに判断が出来なかったものをのぞけば、遺伝子型と表現型はすべて一致していることがわかります。
遺伝子型を集計し、表現型とあわせて表にまとめました。
F2の遺伝子型と表現型のまとめ
黒 赤 計
班 BB Bb 不明 計 bb 不明* 計
1 2 3 2 7 1 1 2 9
2 0 0 5 5 0 4 4 9
3 1 4 1 6 0 2 2 8
4 2 3 3 8 1 0 1 9
5 2 4 0 6 2 1 3 9
6 2 6 0 8 1 0 1 9
計 9 20 11 40 5 8 13 53
表現型が「黒」の個体の遺伝子型はBBとBbの二種類があるはずです。
理論値は1/3 : 2/3です。実際にはどうだったでしょうか。
表現型が黒の個体のうち遺伝子型がBBの個体とBbの個体はそれぞれ9個体と20個体ありました。
比率にすると9/29 : 20/29でほぼ1/3 : 2/3です。
理論値とほぼ一致したことがわかります。
まとめ
行った交配
F2の分離比
BI Bi bI bi
BI BBII BBIi BbIi BbIi
黒・ブチでない 黒・ブチでない 黒・ブチでない 黒・ブチでない
Bi BBIi Bbii BbIi Bbii
黒・ブチでない 黒・ブチ 黒・ブチでない 黒・ブチ
bI BbII BbIi bbII bbIi
黒・ブチでない 黒・ブチでない 赤・ブチでない 赤・ブチでない
bi BbIi Bbii bbIi bbii
黒・ブチでない 黒・ブチ 赤・ブチでない 赤・ブチ
PCRの仕組み
? DNAは95℃にすると一本鎖になります。
? 50℃〜60℃にすると一本鎖にプライマーと呼ばれる短いDNAの一本鎖の断片が結合します。
? 72℃にするとプライマーから3末端の(糖で終わっている末端)方向に二本鎖が伸びていきます。
? 95℃→72℃→55℃→95℃→→→と温度を変化させることで二種類のプライマー(この図ではTTとCC)にはさまれたDNAの部分を連続して殖やすことが出来ます。
カイ2乗検定グラフ
X2横軸と自由度Nのグラフの交点を縦軸にたどり確率を求めます。
統計処理の方法は 「クロー 遺伝学概説 原書第8版」 培風館 の方法を使いました。
担当者のHPです。関連した情報を載せてあります。http://www.geocities.jp/nomuk2001/
第1回分類 第2回ウニの発生 第3回メダカの遺伝 第4回培養細胞
神奈川県立逗子高等学校
249-0003 逗子市池子4-1025
TEL 046-871-3218
FAX 046-871-0494
理科 野村 浩一郎