第2回 「細胞分裂時遺伝子はコピーされる」の記録

 

テキストです(当日配布したテキストとほぼ同じ内容です)

1.始めに

多細胞生物の体では毎日新しい細胞が生まれ、古く なった細胞が死んでいきます。一部の細胞を除き、数 年で細胞は新品に置きかわっています。
しかし、自分は自分です。数年で他人になるわけで はありません。
細胞は細胞分裂によって殖えます。細胞分裂とはど の様な働きなのでしょうか。

2.細胞分裂とは何か

2.1 遺伝子は核の中の染色体に存在 する

細胞の核の中には遺伝子が存在します。遺伝子とは DNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれる物質に体の設 計図(遺伝情報)が書き込まれたものです。
この遺伝子が親から子へ配偶子(卵や精子、花粉)に よって伝えられるために様々な形質(色、形、性質 など)が遺伝するわけです。
DNA はヒストンと呼ばれるタンパク質に結合した状 態でらせん状に巻かれて核内に存在します。この状 態では顕微鏡ではっきりと見ることはできません (図のクロマチン繊維)。これを染色質と呼びます。
遺伝子のコピーを作るなどの活動をする時にはほど けてヒストンからも離れます(図のDNA)。
細胞分裂時にはDNA は何回もらせん状に巻かれて、 顕微鏡で確認できる太さのひも状になります。これ を染色体と呼びます。

図1:

2.1.1 染色体の数・形・大きさなどは生物 の種類によって決まっている

図2:


上の図はヒトの染色体です。ヒトの場合46 本の染色 体を持ちます。23 番を除き、必ず同じ大きさ形の染
色体が二本ずつあります。これを相同染色体と呼び ます。


2.1.2 同じ組の相同染色体は同じ事に関す る遺伝子を持つ

相同染色体の片方は母親(つまり卵)に由来するも ので、もう片方は父親(つまり精子)に由来するも のです。

同じ組の相同染色体(図では同じ番号)は同じ事に 関する遺伝子を持っています。これを対立遺伝子と 呼びます。実際に働くのはどちらか一方だけです。働 く方の遺伝子を優性遺伝子、働かない方の遺伝子を 劣性遺伝子と呼びます。

したがって、1 番から23 番の各組の相同染色体どち らか一方だけを集めれば、ヒト一人分の遺伝子の セットがひとそろいできることになります。この遺 伝子のセットをゲノムと呼びます。

配偶子(卵や精子)は減数分裂と呼ばれる特殊な細 胞分裂を行い、ゲノムを1 セットだけ持っています (染色体の数が体細胞の半分・ヒトでは23 本)。

われわれはゲノムを2セット持っています。1セッ トは卵を通じて母親からもらったもの、もう1 セッ トは精子を通じて父親からもらったものです。

図では23 番染色体が異なる形をしています。大きい 方をX 染色体、小さい方をY 染色体と呼びます。 男性はX 染色体を1本Y 染色体を1 本持ちます。女 性はX 染色体を2 本持ちます。そのために23 番染色 体は性染色体と呼ばれます。1 番から22 番染色体は 常染色体と呼ばれます。

2.2 細胞の核には全ての遺伝子がある。

遺伝子とは体の設計図です。もっと正確に言えば、体 を作っている細胞の設計図です。実際にはDNA と呼ばれる物質にタンパク質の設計図 が書き込まれたものです。

細胞には多くの種類がります。ヒトの場合、名前が 付いているものだけで、210 種の細胞があります。それぞれの細胞は「その細胞」に必要な遺伝子のみ が働き、「その細胞」になっています(分化)。 つまり、「筋肉の細胞」では「筋肉の細胞に必要な遺
伝子」が働き筋肉の細胞になるといういわけです。

図3:

それぞれの細胞は「その細胞」に必要な遺伝子だけ を持つのではなく、全ての遺伝子をもっています。し たがって、体細胞の核を使ってクローンを作ること ができるのです。

2.3 体細胞からクローンが出来る

用語の説明

体細胞
生殖細胞以外の細胞のことを指す。生殖細胞とは、 卵や精子、胞子のような生殖のための細胞のこと。

クローン
全く同じ遺伝子を持つ個体の集団の事。例えば、一 卵性双生児、同じ株から球根や挿し木で殖えた植物。

2.3.1 体細胞クローンの作り方

卵の核をこわし、かわりに体細胞の核を入れます。こ の卵が育てば、体細胞の核を提供した個体のクロー ンを作ることが出来ます。 図では点線で囲んだ個体は同じ遺伝子を持っています。これをクローンと呼びます。

このクローンは体細胞から作ったものなので体細胞 クローンと呼びます。

図4:

2.3.2 体細胞には全ての遺伝子がある事が わかる

細胞分裂では遺伝子をコピーする。 多細胞生物の細胞は1個の細胞である受精卵が分裂 して生じたものです。 そして、全て同じ遺伝子を持っています。

つまり、細胞が新品に置き換わっても、持っている 遺伝子は同じです。 そのためには細胞分裂時に遺伝子を正確にコピーす
る必要があります。

細胞分裂の仕組みは、遺伝子を正確にコピーし、分 配することが出来るように工夫されています。

2.4 実際の細胞分裂

2.4.1 分裂の準備・分裂間期

遺伝子のコピーを作ります。(残念ながら見てもわか りません)

核の中に核小体が観察できます。

厳密にはG1 期、S 期、G2 期にわけられます(細胞 周期を参照のこと)。

2.4.2 分裂の前期

核内に分散していたDNA(染色質)が集まり、染色体を作ります。同時に核小体が消滅します。 染色体は、2本の染色分体が縦に2本張り付いてい ます。

1 本の染色体を作っている2本の染色分体には、全く 同じ遺伝子が入っています(間期にコピーしたもの です)。

図のA の染色体はアとイの二本の染色分体からでき ています。 新しくできる二つの細胞が同じ遺伝子を持つよう にするためには、1 本の染色体を作っている2本の染色分体を、新しく生じる2個の細胞に分配すれば よいことになります。

アとイには全く同じ遺伝子が入っています。ウとエも同じ、オとカも同じです。 したがって、分裂してできる二つの細胞(娘細胞)
にはそれぞれアとイのどちらか一つ、ウとエのどち らか一つ、オとカのどちらか一つが入るように染色 分体を分配すればよいことがわかります。

前期の終わり頃には分裂装置(紡錘体)が出現します。右の写真は特殊な染色を行い分裂装置が赤に染色体が紫に染められています。

図5: 図6:

2.4.3 分裂の中期

染色体が細胞の真ん中の面(赤道面)に並びます。 細胞の両方の極から伸びている細い糸(紡錘糸)が 染色分体に接続します(紡錘糸全体を分裂装置と呼 びます)。

図7:  図8:

2.4.4 分裂の後期

各染色体の2本の染色分体は、紡錘糸に引かれ、分 離し、細胞の両方の極に向かって移動します。

図9:

2.4.5 分裂の終期

染色体の移動が完了し、分裂装置が消滅します。 染色体は分散し、染色質に戻ります。 核膜が現れ、核小体も出現します。 細胞質が分裂します(細胞質分裂)。

図11:

2.4.6 間期・成長

細胞質分裂が終了し、細胞は二つの小さい細胞に分裂が完了します。この新しくできた二つの細胞を娘 細胞と呼びます。 この後、細胞は成長し元の大きさに戻ってから再び 分裂をします。

図12:

3.細胞分裂の観察(実習)

3.1 目的

  1. 体細胞分裂の様子を観察し、間期、前期、中期、
    後期、終期の分裂象を観察します。
  2. 押しつぶし法によるプレパラートの作成法を体
    験します。

3.2 準備

検鏡用具、柄付き針、ピンセット、ビーカー、カルノア液(エタノール、氷酢酸、クロロホルム2:1:1)、サフラニン塩酸液、タマネギ

3.3 方法

  1. 発根したタマネギの根端を1 ㎝ぐらいに切断し、 カルノア液に30分以上浸け固定します。
  2. 根端をサフラニン塩酸液に60 ℃で5 ~ 10 分浸し細胞を解離・染色します。
  3. 根端をスライドグラスに載せ、ピンセットと柄付き針で、成長点の部分(濃く染まっています)を残してあとは取り除きます(先端から2 ミリぐらい)。
  4. 成長点の載ったスライドグラスに直角の向きにもう一枚スライドグラスを重ね、真上から親指で押し細胞を押しつぶします。
  5. 2 枚のスライドグラスをはがし、それぞれに付着している細胞の部分にカバーグラスをかぶせ、割りばしでカバーグラスを押し細胞をさらに押しひろげます。
  6. ろ紙をカバーグラスの上に載せ、上から親指で体重をかけて強く押しさらに細胞を押しつぶします。
  7. 分裂像を探し、高倍率で観察をします。できるだけ多くのステージの観察をします。

図13:

図14:

3.3.1 注意

押しつぶすときは平らな机の上に置き、真上から垂直に押し、カバーグラスやスライドグラスをずらさないように注意します。

3.4 観察のまとめ

核分裂期の見えた数を集計します。
前期
中期
後期
終期

3.5 問題

  1. 解離という操作の目的は何か
  2. 押しつぶすのは何のためか
  3. タマネギの根端を使った理由は何か

4.まとめと発展

4.1 細胞周期

細胞は分化すると分裂することが出来ません。つま り分裂する細胞は未分化の細胞だけです。

図16:

用語の解説

分化・・・細胞が役割に応じて、様々な形に変化すること。分化した細胞は細胞分裂をすることが出来ない。

未分化の細胞・・・分化していない細胞。細胞分裂をすることが出来るが、それ以外の特別な役割を持っていない。

脱分化・・・分化した細胞が未分化の細胞にもどる現象。

分裂組織の細胞は特定に役割を持っていない未分化の細胞です。分裂した細胞は分化し、それぞれの役割を果たすこ
とになります。

分裂組織の細胞は細胞周期をぐるぐる回り分裂を繰り返します。細胞周期からはずれ、分化した細胞は分裂することができません。

再び分裂するためには、未分化の細胞に戻り(脱分化)細胞周期に入り分裂します。

4.2 分裂と分化のコントロール

体を作っている細胞は必要なときにだけ分裂します。転んでひざをすりむいたとき、傷の周辺の皮膚の細胞が脱分化、分裂し、再び皮膚の細胞に分化し傷が治ります。傷が治ると分裂は停止します。

もし、分裂が止まらなかったらどうなるでしょうか。ガン細胞は、未分化の細胞で際限なく分裂します。未分化であるということは、決まった役割がなく何もしないということでです。ガン細胞は分裂と分化のコントロールを失ってしまった細胞です。際限なく増殖し周辺の組織を破壊していきます。

ガンの治療の困難さはガン細胞が、元々自分の体の細胞であるために、正常な他の細胞にダメージを与えずにガン細胞だけを攻撃する事がむずかしいためです。

4.3 老化と細胞分裂

細胞は一定の回数分裂をすると、それ以上分裂できなくなります。年令とともに分裂できない細胞が増え、そのことが原因で老化が起こる可能性が指摘されています。

DNA の端にはテロメアと呼ばれる部分があります。テロメアはDNA のコピーを作る度に短くなり、ある長さよりも短くなるとDNA のコピーが出来なくなります。

つまり、テロメアは細胞分裂の回数を計るカウンターの役割そしていると考えられます。 しかし、いったん短くなったテロメアを伸ばす仕組みもあることがわかってきました。ガン細胞は分裂回数に制限がありません。

テロメアの発見

テロメアの発見は大きな話題となった。果たしてクローン羊のドーリーは核を提供した羊の残りの寿命しか生きられないのだろうか。 それとも、テロメアのカウンターはリセットされるのだろうか。

テロメアを伸ばす働きを持つテロメアーゼの発見は「不老不死の薬の発見」と騒がれた。 しかし、細胞は分裂を繰り返すとガン細胞になるなどの異常が生じる率が高くなる。そのような細胞の増殖を止める役割をテロメアはしていると考えることができる。テロメアを伸ばしても単純に寿命が延びるとは考えられない。