第5・6回 「遺伝子の内容を読んだり書き換えることができる」の記録2(DNA鑑定)

テキスト「DNA鑑定編」です

DNAフィンガープリントの原理

殺人事件発生

ここはある県立高校の生物教室である。朝から警察の人が走り回っている。何か事件でも起きたのだろうか。

ついさっき、朝一番でA先生に質問にきた生物部のBくんは実験室で血を流して倒れているA先生を発見したのだ。

現場には凶器は残されていなかったが、犯人もけがをしたらしく、犯人のものと思われる血痕が残されていた。

DNA鑑定

まもなく、警察の捜査線上に5人の容疑者が浮かんだ。しかし、決定的な証拠が無くDNA鑑定を行うことになった。

あなたは県警の科学捜査研究所の法医研究室の研究員である。しかし新人であるためDNA鑑定を行うのは今回が初めてである。 現場から届いたサンプルを使いこれからDNA鑑定を行わなくてはならない。

あなたは現場に残された血痕のサンプルから犯人のDNAを取り出すことに成功した。5人の容疑者のサンプルからもDNAを取り出した。

PCR

DNAには個人によって塩基配列が異なっている部分がある。この部分の塩基配列が同じであれば同じ人物のDNAと判断できる。 その部分だけをPCRと呼ばれる方法で増幅することにも成功した。

PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)とは、DNAのコピーをDNAポリメラーゼを使って大量に作る方法である。 大変感度が高い方法で理論的には1分子のDNAから数時間で10億分子程度に増やすことが出来る。

犯人のDNAのサンプルはCS、5人の容疑者のDNAサンプルはそれぞれS1、S2、S3、S4、S5と呼ぶことにした。

CSと同じDNAを持つ容疑者が犯人である。

制限酵素

あなたは次のような方法でDNA鑑定を行うことになった。方法は「制限酵素断片長多型(RFLP)」Restriction fragment Length Polymorphismである。

制限酵素とはDNAの特定の塩基配列を認識しその部分を切断する働きを持つ。

今回はDNAのサンプルをEcoRTとPstTと呼ばれる二種類の制限酵素で切断をする。この制限酵素はそれぞれ次に示すような塩基配列を認識し、矢印の部分で切断する。


制限酵素が認識する塩基配列はパリンドローム(回文)と呼ばれ、180度回転させても同じになっている。

あなたはこの二種類の制限酵素を使って犯人のDNAと5人の容疑者のDNAを切断する。

同じDNAは同じ部分が切断される

制限酵素が切断するパリンドロームは同じ塩基配列を持つDNAであれば必ず同じ場所にあるはずである。

したがって、生じるDNAの断片の数とその大きさを調べることが出来れば。同じ塩基配列を持つDNAならばDNA断片の数と大きさは同じになる。

異なる塩基配列を持つDNAではパリンドロームの位置が異なるので、生じるDNA断片の数と大きさは異なるはずである。

もちろん、異なる塩基配列を持つDNAであっても偶然同じ数と大きさのDNA断片を生じる可能性はある。しかしその確率は大きくない。

また、制限酵素の種類は100種類近くありそれぞれ異なるパリンドロームを認識するので、多くの種類の制限酵素を使えば、偶然の一致を減らすことが出来る。

制限酵素によるDNAの切断には37℃で1時間程度必要なので、一日目は制限酵素による切断までとする。

電気泳動

次の日。制限酵素で切断したDNAのサンプルのDNAのサイズを測定する。

方法は電気泳動である。DNAは水に溶けるとマイナスイオンになっている。そのために電圧をかけると+極に向かって移動する性質がある。

この性質を利用し、DNAのサンプルをアガロースのゲル(寒天の板)に入れ、電圧をかける。 するとDNAの断片は+極に向かって移動をする。

 

 

 

しかし、アガロースの中を移動するのは大変である。アガロースの分子は網目がからまったような構造をしているため、DNAの断片はこの網目に引っかかりながら移動する。

そのため、大きいDNAの断片は小さい断片と比べて移動に時間がかかる。小さいDNAの断片は早く移動できる。

そのため、適当な時間、アガロースゲルに電圧をかけた後、DNA断片の移動距離を調べればDNA断片の大きさがわかる。

ゲルの染色

DNAは無色で目に見えないので、DNAを染色する色素でアガロースゲルを染めてみればDNAの移動がわかる。

染色液にはエチジウムブロマイドがよく使われるが、強い発ガン性を持ち取り扱いに注意が必要である。あなたは初心者なので安全なミューピッドブルーと呼ばれる染色液を使用する。

DNAフィンガープリントの実験

DNAを扱う場合の注意

多くの細胞はDNAを分解してしまうDNaseと呼ばれる酵素を作り、自分以外のDNAを分解しています。DNaseは手や唾液あらゆるところにあると考えてください

また、細胞は一部の例外を除きDNAを持っているので手のあか髪の毛などにはDNAが含まれています。 したがってサンプルにこれらのDNAやDNaseが混入しないように注意する必要があります。

サンプルやサンプルにふれるチューブやピペットチップに手を触れないように注意します。 DNaseは酵素であるため熱に弱いのでチップやチューブは必ずオートクレーブにかけたものを使用します。 手はよく洗うか手袋をします。

各班に準備するもの

共通に準備するもの

方法1日目

1) 5 本の色付マイクロチューブに以下のように油性ペンで印をつけます。

2) さらに班の番号を書きます。これらのチューブは自分の班のチューブラックにさしておきます。

3) DNAサンプルを原液のバイアルから10μlずつマイクロピペットP20で各色のマイクロチューブに入れます。量が微量なのでチューブの底までチップの先端を差し込んで注入し、間違いなく入っていることを確認します。毎回必ずチップを交換します。

4) 制限酵素の混合液をENZチューブから10μlずつDNAサンプル入りのマイクロチューブに分注します。毎回必ずチップを交換します。

 

 

5) マイクロチューブを指で優しくたたき内容物を混合します。遠心機にいれ数秒間遠心し溶液をチューブの底に落とし混合します。この操作をスピンダウンと呼びます。

6) チューブをチューブラックに立て37℃のウォーターバスに入れ45分間反応させます。

 

 

 

 

 

 


準備2日目

各班で準備するもの

方法2日目

1) ゲルを作成します。

2) ゲルが固まる間での時間電気泳動についての講義を聴きます。

3) 昨日制限酵素で処理をしたDNAサンプルを冷蔵庫から出します。

4) それぞれのチューブに色素マーカーを5μl分注します。チューブを指で優しくたたいて液を混ぜます。遠心機でスピンダウンします。

5) ゲルトレイを電気泳動装置(ミューピッド)にセットします。DNAは+極に向かって移動するので、ゲルのウエル(サンプルを入れる溝)を−極側になるようにセットします。

6) 電気泳動用バッファーをゲルが完全につかるところまで入れます。

7) ウェルを上に見たときに左からレーン1,2,と呼びます。各レーンに次のようにサンプルをロードします。

8) サンプルのロードにはマイクロピペットP20を使い、チップはすべて交換します。

9) サンプルはバッファーより密度が大きくなっているのでゆっくりと沈みます。チップの先でゲルを傷つけないように注意します。

10) マイクロピペットのピストンはゆっくり押し、ピストンはチップをバッファーの外に出してから戻します。

11) 電気泳動装置のふたを閉め、プラスマイナスの切り替えスイッチ、電圧(100V)を確認し、スイッチを入れます。

12) スイッチを入れた後、泳動槽内のバッファーにふれると感電します。装置を揺らすと失敗の原因にもなります。泳動装置にはふれないように注意します。

13) 薄い青色の(泳動速度の速い方のマーカー)がゲルトレイの5本目の線を越えたら(30分ぐらいかかります)スイッチを切り、コンセントからプラグを抜きます。

14) 手袋をしてゲルトレイをはずします。スパチュラをゲルトレイとゲルの間に差し込み、ゲルトレイからゲルだけを外しシャーレに入れます。ゲルは壊れやすいので慎重に作業をします。

15) ミューピッドブルーDNA染色液をゲルが浸るまで入れます。染色時間は1分です。

DNAを染める染色液は毒性があると考えてください(ミューピッドブルーは毒性が低く手で触れても安全であるとされていますが念のため手袋をして作業します)。

16) 1分たったら染色液をビーカーに回収し(何度でも使えるので捨てないこと)水を入れます。1分間水、2分間70%エタノール・・・と水とエタノールに交互に浸し脱色します。バンドが見えてきたら、ライトボックスの上にシャーレごとのせて写真を撮ります。

17) ゲルサポートフィルムの上にゲルをのせ数日間放置し乾燥させます。

DNAフィンガープリントのまとめ

1) 乾燥させたゲル、あるいはゲルの写真を使って、各レーンの移動距離の小さいバンドから1,2,3・・・と番号を付けます。

犯人のDNAと同じ位置にバンドが出ているのは何番の容疑者でしょうか。
 

2) 次に、物差しを使って各バンドの移動距離を測ります。

3) 各レーンのウエルの中央に線を引きます(または下の端)。これを基準とします。

4) 各バンドの中央部分(下の端)に線を引きウエルの中央の線(下の端の線)との間の距離を測ります。はかった値は表に書き込んでください。

5) DNAマーカー(1レーン)はλファージのDNAをHindVと呼ばれる制限酵素で切断したもので、6本のバンドが確認できるはずです。

DNAマーカーの各バンドのDNAの塩基対の数(bp)は次のようになっています。

  1. 23,130 bp  
  2. 9,416 bp
  3. 6,557 bp
  4. 4,361 bp
  5. 2,322 bp
  6. 2,027 bp

6) これを基準として、各バンドを作っているDNA断片のサイズ(bp)を求めてみましょう。

マーカーの移動距離とDNAのサイズとの関係をグラフに書きます。移動距離を横軸、DNAのサイズを縦軸にとります。

ふつうのグラフ用紙に書くとグラフは直線になりません。これでは正確な値を求めることが困難です。 そこで片対数用紙に書いてみます。

まず点をはっきりと打ちます。

次に点を基準にして出来るだけ直線に近くなるようになめらかな線を入れます。

7) するとグラフはほぼ直線になると思います。このグラフを使えばDNA断片の移動距離からDNA断片のサイズを求めることが出来ます。

ただし、正確な値を求めることが出来るのはグラフがほぼ直線になっている範囲に限られます。

実際には完全な直線にはならないのでフリーハンドでなめらかな線を入れます(線は必ずしも点をすべて通る必要はありません)。

8)  このグラフを使って、各バンドのDNAのサイズを求め表に記入します。

今回行った制限酵素断片長多型(RFLP)の分析ではそれぞれのDNAのサイズを知る必要は必ずしもありませんが、現在広く利用されている繰り返し配列の回数を調べる方法、ミニサテライト(VNTR)やマイクロサテライト(STR)ではDNAのサイズを知る必要があります。